指原莉乃の「逆転力」

 HKT48のメンバーでありながら支配人である指原莉乃の著書から経営者視点による彼女のアイドル観について考察する。本書の大半は指原氏のモーヲタっぷりや中学時代のいじめ体験や家族のサポートなどの自伝的エピソードの紹介に割かれており(アイドル自身による著書としては常道)氏のアイドル観はほぼ第五章「"みんなで勝つ"ための戦術 ―指原流プロデュース術」の下記の4つのポリシーに凝縮されている。

 ①同じ土俵では戦わない

 ②ファン目線で

 ③フックとなる話題をつくり全国に広げる

 ④センターを固定、打順を回す

 これを見てまず感じるのは指原氏のポジショニング派としての戦略観だ。経営学における戦略理論には二つの大きな潮流がある。マイケル・ポーターに代表されるポジショニング派、そしてジェイ・B・バーニーに代表される資源アフーローチ派である。ポーターは市場構造(Structure)企業行動(Conduct)業績(Performance)の有名なSCP理論を提唱し市場構造に適合した企業行動が利益(業績)を生み出すと主張する。市場における5つの脅威(いわゆるFive Forceで競合、代替品、新規参入、供給者、顧客の脅威を指す)に抗して最適な行動をとるために企業はコスト戦略、差別化戦略、集中化戦略の3つのどれかを選択し立ち位置を明確にしなければならないとしている。①「同じ土俵では戦わない」というポリシーはまさに差別化戦略そのものでありほかのアイドルと同じことはしないぞという明確な意思のもとでグループの方向性を定めている

 HKT48の属する48グループは基本的には常設劇場での公演を主要な活動とするライブパフォーマーである。そうした形態を含めたアイドルとしてのフォーマットやシステムをフランチャイズ化して福岡博多の地に展開したHKT48にとって興行上のライバルはLinQや橋本環奈のRev. from DVLということになりそうだが、これらのロコドルとの比較は生々しすぎるからか指原氏は同じ48Gのグループをを引き合いに出してHKTのポジションを確認している。総合的にパフォーマンスの高いAKB、キレのいいダンスに迫力あるSKEとパフォーマンスではこの二者が抜けていると分析し、一方でNMBはそのMCのおもしろさでは図抜けていると非パフォーマンス領域での能力に秀でていることを認識する。パフォーマンス、MCといった指標ではHKTは後手に回らざるを得ないとの自己認識を起点にして、ではHKTが他のグループに対して優位に立てるポジションは?と探す。そしてHKTのメンバーが若くはじけるような元気さにおいて三つの先輩グループが踏み込めない領域で戦えると自己の立ち位置を定義するのである。

 これは指原氏がファンとして再三言及するモーニング娘。を中心とするハロープロジェクトの諸グループが卓越したスキルによる最高のパフォーマンスを目指す方向性からリソースを重視する資源アプローチに依拠することを考えると大変興味深い。自身の憧れであるハロプロのようにはパフォーマンススキルを追及することはせず、あくまでもポジショニングで勝負するという冷徹な自己分析の痕跡がうかがえる。そうした立ち位置の認識のもと差別化という方向性を大前提として「元気を前面に」押し出して「セットリストを固定しない」などの施策を追及する。例えば多田愛佳による松本伊代のセンチメンタルジャーニーのカバーを織り込むなどのアイデアは他の48Gでは見られない一方で中高年のファンには懐かしく若年層には新鮮に感じられることを狙うなど単に奇を衒った内容に終わらないことも一方で考慮する。

 ②「ファン目線で」③「フックとなる話題をつくり全国に広げる」の二点ではマーケティングの観点から既存顧客の満足度を高めることと話題づくりにより新規顧客の獲得を狙う必要性について言及し④「センターを固定、打順を回す」では若年女子のメンバーをいかにマネジメントするかについて述べている。グループとしてのアイデンティティ形成のために顔としてのセンターを固定することの必要性を意識するとともに、一番人気の宮脇咲良をセンターにすると人気が宮脇に集中しグループとしてマイナスであるとのバランスを重視し児玉、田島、朝長からセンターを選抜する一方、その他のメンバーのモチベーション維持のために「打順を回す」との表現で全メンバーにチャンスを与えることで公正性を確保しているのである。

 本書では言及されていないが、そもそも指原氏自身はアイドルのコアコンピタンスはそもそも歌やダンスにはないとしており資源アプローチには懐疑的な立場を明らかにしている。2013年10月18日に放送された「笑っていいとも」において「アイドルに歌とダンスの練習は必要ない」と発言し物議を醸している。応援する「おじさん」の目線からはむしろ歌もダンスもできない子が一生懸命アイドルを演じることがいじらしさを感じさせ応援したいとの感情を刺激するのだ、との見方を示している。

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 歌やダンスができないアイドルの方が可愛いとのアイドル観は自身ファンとして応援していた経験に基づくだけに傾聴に値する。氏が特に好きだったというモーニング娘。亀井絵里℃-ute萩原舞Berryz工房熊井友理奈を見るに亀井はどちらかというとスキルメンではあるが、みなエースやセンターではないという点で一貫しており、彼女がアイドルのスキルそのものではなく、逆にスキルのない女の子が高みに向かって努力する姿勢、あるいは思うように伸ばせない自分に思い悩む様を見せることに価値があると見ている点に注目したい。そのようなアイドルの生きざまに対してこそ(おじさんは)応援したいという感情を掻き立てられるということを熟知しているからこその発言であろう。これは彼女が中学生時代から跋扈していたという2ちゃんねるや現場での大人のファンとの交流から培われたアイドル観であり、アイドルファンの思考プロセスへに対する深い洞察によるものと理解する。

 48Gがアイドルビジネスに根付かせた接触による関係性構築についての言及がなかったのは残念であるが、現役のアイドルでありつつマネジメントに携わるメンバーが自らのアイドル観を吐露した文書として大変貴重な資料である。